日本古代史一人旅

必要なのは 結論ありきのストーリーではなく 史料に基づいたヒストリー

カテゴリ: 先代旧事本紀

 大物主神は倭(やまと)をつくり、人民と国を救った神でした。一方倭(やまと)には、彦火火出見尊(のちの神武天皇)が倭(やまと)に入って来るまでは倭(やまと)の王だった饒速日尊がいました。 饒速日尊は最初河内に拠点をつくり、やがて「山東(やまと)」に移りま ...

 なぜ「倭(わ)」は「やまと」と読むようになったのでしょうか。「やまと」の語源は「山東」でした。「山東」は河内から見て「山の東」にあったからです。「山の東」と見ているのは河内で、饒速日尊が最初に河内の哮峰に天降ったことによります。そして饒速日尊自ら、その ...

 『日本書紀』には、推古天皇四年(596)に法興寺を造り終えたとあります。この法興寺は元興寺のことで、この寺の縁起を記録したのが『元興寺伽藍縁起幷流記資材帳』です。そこに書かれている最新の年月日は天平20年(748)6月17日となっていますので、この記録 ...

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