日本古代史一人旅

必要なのは 結論ありきのストーリーではなく 史料に基づいたヒストリー

カテゴリ: 邪馬臺国

※「邪馬台」は、『魏志』倭人条において「邪馬壹」が正しいのですが、ここでは提唱者の用法に従い「邪馬台」を使用します。 『魏志』倭人条の女王国は、女王がいた邪馬台国を指しているのか、それとも女王の勢力が及ぶ倭諸国全体、つまり倭国を指しているのか、ということ ...

 発掘された遺跡から出土した考古資料が文献の記述と一致すれば、文献の記述の正しさとその存在を示す何よりの証拠となるのですが、「邪馬台(正しくは「邪馬壹」「邪馬臺」)国」問題に関してはそう簡単にはいきません。なぜなのでしょうか。 纏向遺跡を「邪馬台国」と重 ...

二週間ほど前になりますが、私のホームぺージの「FORM」にある方から情報提供をいただきました。それはmixiに掲載されている『「邪馬臺」を中国語の上古音で読んでみる』が私の説に使えるのではないか、というものでした。  このことについて考える前に、一つ取り上げてお ...

 根拠のない「邪馬臺⇒ヤマト」が平然と出回るようになったのは、何によって、またいつからなのだろうか、と考えてみた時、その明確な答えを見つ出すのはなかなか難しい、というのが現実のようです。 ただ、断片的に「邪馬臺 ヤマタイ ヤマト」を比較することは可能です ...

 「邪馬壹(臺)国」はどこにあったのか、という研究はいつ頃から始まったのでしょうか。具体的な研究となると、江戸時代に新井白石が『古史通或門』を著わした頃からのようです。 その少し前に松下見林が『異称日本伝』を書いていますが、『後漢書』の「邪馬臺」には「ヤ ...

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