日本古代史一人旅

必要なのは 結論ありきのストーリーではなく 史料に基づいたヒストリー

カテゴリ: 隋書

 YouTube を見ると、日本古代史は諸説入り乱れ、百花繚乱です。それはそれでよいのですが、資料としている中国史書が自分の都合のよい史書に偏っているというのはいただけません。 私がいつも思うのは、ある史書には合致していてもほかの史書には矛盾している場合、どう対 ...

 『隋書』は日本古代史研究者がほとんど取り上げることのない史書ですが、最近、YouTubeでたまーに「俀国伝」の解説らしきことをしているのを見かけることがあります。 しかし、そこにあるのは『日本書紀』に侵されたヤマト至上主義で、俀国は「東西五月行南北三月行各至於 ...

『隋書』の特徴は何といっても、『魏志』の行路とは書き方の異なった邪靡堆(=邪馬壹=邪馬臺)へ行路が記載されている、ということです。その中で重要なのは「東」という方角です。 『魏志』では、対馬から壱岐へは「南」ですが、『隋書』では「東」です。壱岐が物理的に ...

 『隋書』には、方位と関連して地理地形に関する重要な記事があります。「其国境東西五月行南北三月行各至於海」です。「其国」とは俀(倭)国です。俀国の都は邪靡堆であり、邪馬臺です。邪馬臺が畿内大和だとすると、東西南北の方角をそのまま理解したとしても、この記事 ...

 邪馬壹(臺)国への行路は『魏志』倭人伝だけではなく、『梁書』『北史』『隋書』にもあります。『梁書』には『魏志』の行路を純粋に行路だけにしたものが、『隋書』には『魏志』の行路とは異なった説明による行路が、そして『北史』には、ほぼ『梁書』の行路を踏襲したも ...

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