日本古代史一人旅

必要なのは 結論ありきのストーリーではなく 史料に基づいたヒストリー

2023年06月

 今回吉野ケ里遺跡で発見された石棺墓の発掘調査結果について、本日、調査担当者より報告がありました。先週、石棺墓の蓋を開けたときの映像で副葬品は見当たらなかったので、あまり期待はできないと思いつつ、何となく期待してしまっていたようです。しかし、残念ながら何 ...

 5月29日、吉野ケ里遺跡の北墳丘墓の西150mのところにある日吉神社の跡地から石棺墓が発見されました。日吉神社は小高い所にあったため関係者の上り下りが大変になり、別のところに移設されたことから、「謎のエリア」と呼ばれているこの部分の調査がはじめられたと ...

 平野氏はさらに次のように言っていっています。 西嶋氏が『後漢書』の「倭国王帥升」が原文であるとされたのは正しい。しかし、唐代にこれを「倭面土国」と称したのは、「倭国」そのものを「倭面土国」と記したので、西嶋氏がこれをヤマトと読むべきだとされたとおり、倭 ...

 平野邦雄氏はその著『邪馬台国の原像』の中で、『漢書』地理志の顔師古注と「倭奴国」「倭面土国」について概略次のように言っています。 『北史』『隋書』によると、漢の光武と安帝の両度に通交したのは、ともに「倭奴国」と記されている。ここでの「倭奴国」は当然一語 ...

 「倭面土国」をはじめ「倭面上国」「倭面土地」「倭面国」という国名が、中国史書にも日本の史書にもあることを知ったとき、まともには解けそうもない日本古代史の謎世界の深さを痛烈に感じたものでした。 これらの国名が書かれていた史書と内容は以下のとおりです。翰苑 ...

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