『旧唐書』には唐末の戦乱の影響で武宗以後の皇帝の実録に欠落があるとして、宋代になってその欠落を補うべく編纂されたのが『新唐書』です。このことは日本列島の歴史にはまったく関係ないのですが、日本列島の歴史もついでに書き換えられている、というのが「みそ」で、このことにより、日本列島に大きな変動があったことがわかるようになるのです。
『旧唐書』までの倭国は「日本」に置き換えられ、日本一色になっていますが、『旧唐書』の日本国の範囲が日本の都となり、九州の倭国が日本の一部として組み込まれているなど、日本が倭国を併合したことが読み取れます。
また、用明(天皇)は「目多利思比孤」と言われ、この時代(6世紀末)になって初めて中国と通交した、とあり、「やまと」は九州の「倭国」ではないことがバレています。用明は「目多利思比孤」であり、俀王の「多利思比(北)孤」のことではありません。「目」には「軍の長官、かしら」という意味があります。
「小国の日本」は『旧唐書』と『新唐書』では表現が逆になっており、このことについて整合性を持った解釈ができるかどうかが問われます。

『旧唐書』までの倭国は「日本」に置き換えられ、日本一色になっていますが、『旧唐書』の日本国の範囲が日本の都となり、九州の倭国が日本の一部として組み込まれているなど、日本が倭国を併合したことが読み取れます。
また、用明(天皇)は「目多利思比孤」と言われ、この時代(6世紀末)になって初めて中国と通交した、とあり、「やまと」は九州の「倭国」ではないことがバレています。用明は「目多利思比孤」であり、俀王の「多利思比(北)孤」のことではありません。「目」には「軍の長官、かしら」という意味があります。
「小国の日本」は『旧唐書』と『新唐書』では表現が逆になっており、このことについて整合性を持った解釈ができるかどうかが問われます。

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