『旧唐書』に至り、「日本」という国が初めて登場します。倭国伝と日本国伝が別々に記載されているのですが、「倭国=日本国」で日本は倭が改名したもの、という説が今も大手(おおで)を振って歩いています。
倭国記事では、倭国は『隋書』までの中国正史によっていて、九州の地形を示しています。一方日本国記事では、「日本国は倭国の別種」とあり、さらに「国の境は東西南北数千里で西界南界はみな海に至り、東界北界には大きな山があって限りをなし、山外は毛人の国」だと書かれ、そこは畿内であることがわかります。この記事だけみれば、「二つの名の国には時代差があり、九州にあった倭国がのちに畿内に移り日本となった」とみることも可能なのですが、『隋書』までの中国正史の記録(倭国はずっと九州にあった)と『旧唐書』の「日本国は倭国の別種」という記録がある限り、それも不可能ということになります。

倭国記事では、倭国は『隋書』までの中国正史によっていて、九州の地形を示しています。一方日本国記事では、「日本国は倭国の別種」とあり、さらに「国の境は東西南北数千里で西界南界はみな海に至り、東界北界には大きな山があって限りをなし、山外は毛人の国」だと書かれ、そこは畿内であることがわかります。この記事だけみれば、「二つの名の国には時代差があり、九州にあった倭国がのちに畿内に移り日本となった」とみることも可能なのですが、『隋書』までの中国正史の記録(倭国はずっと九州にあった)と『旧唐書』の「日本国は倭国の別種」という記録がある限り、それも不可能ということになります。

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