ながーいティータイムを過ごしていました。
 これまでに中国の史資料を基にした私の考えはほぼ示すことができたので、あとはときどき気が付いたことを書き留めていこうかと思います。

 今、私が一番感じていることは、日本古代史は、日本古代史研究が本格的に始まったと思われる松下見林や新井白石の時代から際立った進展がない、ということです。そんな中において、水野祐の九州大和併存説や古田武彦説は画期的なものだったと言えます。中国史料を読む限り、日本という国は倭国から続いたものではなく、地理地形から見てもまったくの別国であることがはっきりとわかります。
 しかしながら、それにもかかわらず、松下見林や新井白石の「発音による国名当て」がいまだ健在であり、権威ある研究者・教育者の多くの方々もそれに準じているように見えます。そんな中で私が真に心から知りたいと思うことがあります。それはこれらの方々は『後漢書』『魏志』『隋書』『宋書』『旧唐書』『新唐書』に書かれている「倭」「倭人」「倭国」「日本国」の歴史的関係・整合性をどう考えているのだろうか、ということです。六つの中国正史の中で、考え方の転機となる最も重要な史書は『隋書』だと考えていますが、『隋書』を無視しない限り、倭国が近畿にあったと考えることは不可能なのです。このことは『旧唐書』を読んでもわかります。つまり倭国、卑弥呼の国が近畿にあったとするには、『隋書』『旧唐書』の二つの中国正史を無視しないと成立しないのです。それにもかかわらず、倭国、卑弥呼の国が近畿にあったとするのは何が根拠なのだろうか、ということを私は知りたいのです。特に、これらの方々の『隋書』の正確な解読を知りたいと真に心から思うのです。何でこんな簡単なことをしてくれないのだろう?これでは不信感に繋がってしまいます。

 最近、私の二冊の電子書籍の評価が増えているのに気が付きました。『倭と山東・倭・日本』が7個。『日本書紀10の秘密』が4個。少し前まではそれぞれ0個と1個でした。
 おもしろいことに、現時点で、どちらも「2」の評価以外すべての段階に評価がついています。「5」と「1」があるという、考えてもいなかった評価に、「1」だから悔しいとかその評価をした人を恨むとかいうのではなく、そうなんだろうな、と思ったのです。私の日本古代史に対する姿勢は、まずは連続した中国正史に矛盾しない、整合した歴史を構築する、ということです。「5」の人はそこを評価してくれたのだと思います。「1」とした人は多分、松下見林や新井白石の「発音による国名当て」から続く権威ある研究者・教育者の方々の教えを信じている人で、私の見方・考え方には納得できない人なのだと思います。でもそれは個人の考え方なので仕方のないことであり、それはそれとして受け入れています。ただ、評価をするのであれば、その理由をちゃんと書いて欲しい、というのが私の願いです。その理由を私は知りたいのです。それがわかれば、今後の私の研究の題材の一つになるかもしれないので。

 また、ティータイムが長くなるかもしれませんが・・・