唐の時代を描いた中国正史には『旧唐書』と『新唐書』があります。『旧唐書』は945年に、『新唐書』は1060年に完成しました。『旧唐書』は唐末の戦乱の影響で武宗以後の皇帝の実録に欠落があるなど、資料不足による不備が多くありました。その不備を補うため、宋代になって新たに歴史書が編纂されました。それが『新唐書』です。
唐代を描く歴史書が二つつくられた経緯からみると、日本列島古代の歴史には直接影響はなさそうに思えるのですが、それがどういうわけか、そうではないのです。非常に大きな違いがあります。私は思うのですが、もし『旧唐書』が廃棄され『新唐書』のみが残されていたとしたら、日本は倭国が名を替えたものとして、『隋書』の記述は中国の勘違いで終わっていたかもしれません。これは日本の歴史にとって奇跡のような出来事だったと言えます。
『旧唐書』には倭国伝と新登場の日本国伝があり、倭国伝の倭国は、『隋書』でいう俀(倭)国の地理地形そのもので、それまでの中国正史の倭国を継続して描いています。一方日本国伝には「日本国者倭国之別種也」とあり、日本は倭国とは別の国であると明言しています。地理地形も書かれていますが、倭国のそれとはまったく異なっています。ほかにも倭国と日本国の違いは書かれていますが、これらの物理的な違いは決して否定できるものではありません。
これに対し『新唐書』では、倭国伝が消え日本伝のみとなります。最初に書いたように、『新唐書』がつくられた理由は唐末の皇帝の実録の欠落の不備を補うためであり、日本列島の歴史には関係ないはずなのですが、その歴史に大きな変更が加えられています。それは両書の間に115年という時代が経過していることに原因があると考えられます。7世紀末に滅んだと思われる倭国を日本列島の歴史から消し去ろうとする日本による中国への働きかけは、『宋史』日本伝の、僧奝然が献じた「王年代記」に見受けられます。はっきり言って、『新唐書』日本伝は、新しく台頭した日本(やまと)を中心とした歴史を描いたもので、それまでの倭国の歴史を描いたものではないのです。そして中国は、古くから通交していた日本列島の倭国の存在を忘れていったのです。
「邪馬台国近畿説」や「邪馬台国東遷説」は『新唐書』を採用し、「日本は倭国が改名したもの」であるとしているので、『旧唐書』日本国伝の「日本国者倭国之別種也」を否定していることになりますが、それはそれまで倭国について書いてきた中国正史そのものを否定することにもなります。しかし不思議なことに、邪馬壹(臺)国や卑弥呼については別物らしく、あれこれ言ったりしています。『新唐書』の採用は『旧唐書』までの倭国の歴史の否定ですから、否定した歴史書に書かれている邪馬壹(臺)国も卑弥呼も研究対象にならないのが筋というものなのですが。
『新唐書』の存在は、『旧唐書』までに書かれた倭国の歴史からの方向転換がはじまったことを知らせているにもかかわらず、それに気づかないのであれば、深い霧は決して晴れることはない、と覚悟するしかありません。
※前タイトルの「『旧唐書』ではなく『新唐書』を重視」は「それでは真実から遠ざかってしまう」という意味で使用したのですが、「重視すべき」という意味にとられそうなので、タイトルを変更しました。2023.10.16
唐代を描く歴史書が二つつくられた経緯からみると、日本列島古代の歴史には直接影響はなさそうに思えるのですが、それがどういうわけか、そうではないのです。非常に大きな違いがあります。私は思うのですが、もし『旧唐書』が廃棄され『新唐書』のみが残されていたとしたら、日本は倭国が名を替えたものとして、『隋書』の記述は中国の勘違いで終わっていたかもしれません。これは日本の歴史にとって奇跡のような出来事だったと言えます。
『旧唐書』には倭国伝と新登場の日本国伝があり、倭国伝の倭国は、『隋書』でいう俀(倭)国の地理地形そのもので、それまでの中国正史の倭国を継続して描いています。一方日本国伝には「日本国者倭国之別種也」とあり、日本は倭国とは別の国であると明言しています。地理地形も書かれていますが、倭国のそれとはまったく異なっています。ほかにも倭国と日本国の違いは書かれていますが、これらの物理的な違いは決して否定できるものではありません。
これに対し『新唐書』では、倭国伝が消え日本伝のみとなります。最初に書いたように、『新唐書』がつくられた理由は唐末の皇帝の実録の欠落の不備を補うためであり、日本列島の歴史には関係ないはずなのですが、その歴史に大きな変更が加えられています。それは両書の間に115年という時代が経過していることに原因があると考えられます。7世紀末に滅んだと思われる倭国を日本列島の歴史から消し去ろうとする日本による中国への働きかけは、『宋史』日本伝の、僧奝然が献じた「王年代記」に見受けられます。はっきり言って、『新唐書』日本伝は、新しく台頭した日本(やまと)を中心とした歴史を描いたもので、それまでの倭国の歴史を描いたものではないのです。そして中国は、古くから通交していた日本列島の倭国の存在を忘れていったのです。
「邪馬台国近畿説」や「邪馬台国東遷説」は『新唐書』を採用し、「日本は倭国が改名したもの」であるとしているので、『旧唐書』日本国伝の「日本国者倭国之別種也」を否定していることになりますが、それはそれまで倭国について書いてきた中国正史そのものを否定することにもなります。しかし不思議なことに、邪馬壹(臺)国や卑弥呼については別物らしく、あれこれ言ったりしています。『新唐書』の採用は『旧唐書』までの倭国の歴史の否定ですから、否定した歴史書に書かれている邪馬壹(臺)国も卑弥呼も研究対象にならないのが筋というものなのですが。
『新唐書』の存在は、『旧唐書』までに書かれた倭国の歴史からの方向転換がはじまったことを知らせているにもかかわらず、それに気づかないのであれば、深い霧は決して晴れることはない、と覚悟するしかありません。
※前タイトルの「『旧唐書』ではなく『新唐書』を重視」は「それでは真実から遠ざかってしまう」という意味で使用したのですが、「重視すべき」という意味にとられそうなので、タイトルを変更しました。2023.10.16
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