②③④⑥は『隋書』俀国伝をもとにした記事であるが、俀国は俀国伝によれば九州島にあったのだから、①~⑥の記事はみな九州島についての記事ということになる。これは、『旧唐書』にいう倭国もみな九州島を指していることを意味する。
 『旧唐書』には、また、勢力範囲に関する新しい記事もある。

⑧ 四面に小島、五十余国あり、皆これに附属す。

である。
 「四面に小島」というのだから、倭国の周りはみな海だということになる。したがって、倭国は近畿大和のような内陸部ではあり得ず、九州・四国など大きい島が周囲にある本州でもない。これは、倭国が九州島であることを証明することにもなった『隋書』俀国伝の「その国境は東西五月行、南北三月行にして、各々海に至る」を受けて、さらにその周りにある小島五十余国もみな倭国に属するようになった、という倭国の発展成長を示したものと言える。
 このように、『旧唐書』はそれまでの正史同様、『旧唐書』に書かれた時代までの倭国は九州島であることを、はっきりと認めているのである。