※この項の説明の中の方位は『魏志倭人伝』の方位で表記します。例:「東」→「南」

 そしていよいよ、裴清は第二のキーワードである「海岸」に到着することになる。竹斯国から南に向かい秦王国を通り、筑紫平野の十余国を通った裴清が行きついた海岸とはどこか。上陸した博多湾ではもちろんない。博多湾からさらに南に進んだのだから北九州市方面の海岸でもない。前項で述べたように中津市など周防灘に面した海岸でもない。

ichiwa-5

 十余国は筑紫平野内にあったと考えるのが道理であるならば、隋の使者裴清が行きついた海岸とは、必然的に有明海北東部の海岸しかなくなる。
 海岸は内陸部とは異なり、その位置をかなり限定する。面ではなく線だからである。「海岸」という二文字は、次の「十日」の意味と考え合わせることによって、隋使の通った行路を一通りに限定するほど重要なキーワードになるのである。

 ー続きはまた明日-