私は、日本古代史解明の第一資料は中国史書だと考えている。それには、日本列島内の細かい出来事は別として、中国側からみた日本列島の状況が一つの中国正史において矛盾が起きないよう、また複数の中国正史を通しても矛盾が起きないよう解釈できる、ということが必要不可欠となる。『魏志倭人伝』を矛盾なく解釈しても、『隋書俀国伝』に矛盾していてはだめだ、ということである。しかしこれが非常に多い。
考古資料や『記紀』などの資料は、中国史書と同格に置いて考えるわけにはいかない。『記紀』は多くの人が指摘しているように、そのまま信じるわけにはいかない。考古資料は、絶対的証拠ではあるが、不確定部分が多すぎる。今後の新たな発見次第では様相は大きく変わりかねない。これらは中国側文献資料の裏付けをする補助資料と考えるべきである。中国史書だけでは空白ができてしまうといっても、倭国の歴史の大きな流れは、中国側の目を正しく理解すれば決して見失うことはない。
まず中国側の文献から倭国の歴史の流れを正しくとらえること、中国が倭国というものをどのようにみてきたかを正しくとらえること。これが私たちに課せられた、最初にしなければならない仕事なのではないだろうか。その上で考古資料を位置付けていく。『記紀』が言っていることの正否を考える。これが正しい方法だと私は考える。
中国史書の及ばない範囲については、中国史書からみた倭国の歴史の流れを基にし考古資料・『記紀』を分析することにより推定していかざるを得ないだろう。しかし、あくまでも中国史書によって明らかになった倭国の歴史がその基本とならなければならない。中国史書・考古資料・『記紀』の三つの異なった角度からとらえた時代についても、やはり中国史書が優先されるべきだと考える。それが結果的に、他の二つも満足させることになるのだ。考古資料や『記紀』を優先した説には中国史書の記述に矛盾したものが多い。しかも論者はそのことには少しも触れようとしない。中国史書に矛盾しているのを知っていながら、自説を主張するためにそれらを無視しているとしか思えない。しかし、それでよいのだろうか。私には納得できない。中国史書・考古資料・『記紀』を対等に考えている人は、なおさら中国史書に矛盾してよいわけはない。
中国史書を通して理解しようとすれば、高地性集落を倭国乱や邪馬台国の東征の証拠だとか、女王壹与の時邪馬台国は東征したなどという話は全く生まれる余地はないはずである。しかし、学者といわれる人たちはその学識のゆえにかどうかわからないが、中国史書全体からみた姿を無視し、象の耳や足や尻尾しか見ようとしない。
前述したように、私は「考古資料や『記紀』などの日本側資料は、あくまでも倭国の歴史の大きな流れを補完するための補助的資料」だと考えている。倭国の歴史に直接利害関係のない中国からみた倭国の歴史があって、初めて、考古資料も『記紀』もその本来の役割を発揮することができるようになるのである。
-明日に続く-
考古資料や『記紀』などの資料は、中国史書と同格に置いて考えるわけにはいかない。『記紀』は多くの人が指摘しているように、そのまま信じるわけにはいかない。考古資料は、絶対的証拠ではあるが、不確定部分が多すぎる。今後の新たな発見次第では様相は大きく変わりかねない。これらは中国側文献資料の裏付けをする補助資料と考えるべきである。中国史書だけでは空白ができてしまうといっても、倭国の歴史の大きな流れは、中国側の目を正しく理解すれば決して見失うことはない。
まず中国側の文献から倭国の歴史の流れを正しくとらえること、中国が倭国というものをどのようにみてきたかを正しくとらえること。これが私たちに課せられた、最初にしなければならない仕事なのではないだろうか。その上で考古資料を位置付けていく。『記紀』が言っていることの正否を考える。これが正しい方法だと私は考える。
中国史書の及ばない範囲については、中国史書からみた倭国の歴史の流れを基にし考古資料・『記紀』を分析することにより推定していかざるを得ないだろう。しかし、あくまでも中国史書によって明らかになった倭国の歴史がその基本とならなければならない。中国史書・考古資料・『記紀』の三つの異なった角度からとらえた時代についても、やはり中国史書が優先されるべきだと考える。それが結果的に、他の二つも満足させることになるのだ。考古資料や『記紀』を優先した説には中国史書の記述に矛盾したものが多い。しかも論者はそのことには少しも触れようとしない。中国史書に矛盾しているのを知っていながら、自説を主張するためにそれらを無視しているとしか思えない。しかし、それでよいのだろうか。私には納得できない。中国史書・考古資料・『記紀』を対等に考えている人は、なおさら中国史書に矛盾してよいわけはない。
中国史書を通して理解しようとすれば、高地性集落を倭国乱や邪馬台国の東征の証拠だとか、女王壹与の時邪馬台国は東征したなどという話は全く生まれる余地はないはずである。しかし、学者といわれる人たちはその学識のゆえにかどうかわからないが、中国史書全体からみた姿を無視し、象の耳や足や尻尾しか見ようとしない。
前述したように、私は「考古資料や『記紀』などの日本側資料は、あくまでも倭国の歴史の大きな流れを補完するための補助的資料」だと考えている。倭国の歴史に直接利害関係のない中国からみた倭国の歴史があって、初めて、考古資料も『記紀』もその本来の役割を発揮することができるようになるのである。
-明日に続く-
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