『南斉書』は原『斉書』で『北斉書』ができたことにより、『南斉書』となったということです。 倭国についての記事は建元元年 (479) となっていて、『宋書』最後の記事となっている昇明二年 (478) の翌年です。国と年号が異なるので、倭王武は478年には宋に、479年 ...
宋書 原文
「『宋書』に登場する倭国の五人の王は『日本書紀』のどの天皇に当たるのか」論争は、正解と終わりのないゲームにしか私には思えません。五人目の「武」は雄略天皇でほぼ間違いない、という見方が大勢のようですが、ほかの4人は合致しなくてもよいのか、と言いたくなりま ...
後漢書 原文
『後漢書』では、『魏志』で「邪馬壹国」と書かれていた卑弥呼の国が「邪馬臺国」と書かれています。どちらが正しいのか、ということについては、拙著やホームページでも私見を書いていますのでここでは触れません。 『後漢書』で重要なのは「倭奴国」の存在です。「委」 ...
漢書 地理志 原文
『漢書』で注目されるのは本文ではなく、7世紀中頃顔師古がつけた「倭」と「委」についての見解を述べた注です。このことについては、私も拙著『縄文から「やまと」へ』(現『倭と山東・倭・日本』)で私見を詳述していますので、興味のある方はご覧ください。 比較材料と ...
中国史書の成立順 一覧表
これまで、主に中国正史の記録を根拠として、日本列島の古代の歴史を書いてきましたが、原文掲載は関連部分のみでしたので、いいとこどりしている、という批判もあるかもしれない、ということで、これからしばらくの間、『新唐書』までの各正史の列伝における「倭」「倭人 ...
日本古代史研究 これでいいの?という気持ちになる
ながーいティータイムを過ごしていました。 これまでに中国の史資料を基にした私の考えはほぼ示すことができたので、あとはときどき気が付いたことを書き留めていこうかと思います。 今、私が一番感じていることは、日本古代史は、日本古代史研究が本格的に始まったと思 ...
『日本書紀』と中国史書を混合した歴史処理
安本美典氏は、「『魏志』倭人伝などの中国の古典、『古事記』『日本書紀』などの国内文献、考古学上の諸事実を合わせて考えていく場合のみ、邪馬台国問題は解決する」と言っています。また、「『魏志』倭人伝などの国外資料が、時代を教え、『古事記』『日本書紀』などの ...
『新唐書』は『旧唐書』から方向転換
唐の時代を描いた中国正史には『旧唐書』と『新唐書』があります。『旧唐書』は945年に、『新唐書』は1060年に完成しました。『旧唐書』は唐末の戦乱の影響で武宗以後の皇帝の実録に欠落があるなど、資料不足による不備が多くありました。その不備を補うため、宋代 ...
『隋書』俀国の地理地形は無視か軽視
『隋書』には、方位と関連して地理地形に関する重要な記事があります。「其国境東西五月行南北三月行各至於海」です。「其国」とは俀(倭)国です。俀国の都は邪靡堆であり、邪馬臺です。邪馬臺が畿内大和だとすると、東西南北の方角をそのまま理解したとしても、この記事 ...





