二週間ほど前になりますが、私のホームぺージの「FORM」にある方から情報提供をいただきました。それはmixiに掲載されている『「邪馬臺」を中国語の上古音で読んでみる』が私の説に使えるのではないか、というものでした。 このことについて考える前に、一つ取り上げてお ...
「邪馬臺⇒ヤマト」の怪
根拠のない「邪馬臺⇒ヤマト」が平然と出回るようになったのは、何によって、またいつからなのだろうか、と考えてみた時、その明確な答えを見つ出すのはなかなか難しい、というのが現実のようです。 ただ、断片的に「邪馬臺 ヤマタイ ヤマト」を比較することは可能です ...
中国正史を通して古代日本列島の歴史を考える大切さ
『漢書』から『新唐書』まで、倭・日本について記録のある中国正史を原文で掲載してきましたが、『旧唐書』までの連続した時代の整合性を辿ることにより、倭国は、少なくとも阿毎多利思北孤の時代までは確実に九州にあったことがわかります。 歴史は事件と時間の集合とそ ...
新唐書 原文
『旧唐書』には唐末の戦乱の影響で武宗以後の皇帝の実録に欠落があるとして、宋代になってその欠落を補うべく編纂されたのが『新唐書』です。このことは日本列島の歴史にはまったく関係ないのですが、日本列島の歴史もついでに書き換えられている、というのが「みそ」で、 ...
旧唐書 原文
『旧唐書』に至り、「日本」という国が初めて登場します。倭国伝と日本国伝が別々に記載されているのですが、「倭国=日本国」で日本は倭が改名したもの、という説が今も大手(おおで)を振って歩いています。 倭国記事では、倭国は『隋書』までの中国正史によっていて、 ...
南史 原文
『南史』は倭国の所在等については『北史』に詳しいとして省略し、内容は邪馬壹(臺)国の官職名、風俗、そして『宋書』『南斉書』『梁書』から引いた倭の五王の事績等となっています。『北史』には倭の五王については書かれていなかったので、それを補った形になっていま ...
北史 原文
『北史』は『魏志』と『隋書』の記録が中心となって書かれていますが、行路についても、『魏志』のものと『隋書』のもの、その両方が記載されています。日本の多くの研究者のように、『隋書』の行路を無視していないのが「あっぱれ」です。『魏志』の行路で「邪馬臺国」を ...
晋書 原文
晋には西晋(265~317)と東晋(317~420)がありますが、記事は西晋の泰始(265年12月~274年)の初めで終わっています。 内容は『魏志』のつまみ食いといった感じですが、倭人伝は正始8年(247)卑弥呼の遣使後の壹与の遣使(何年のことなのか ...
隋書 原文
『隋書』の特徴は何といっても、『魏志』の行路とは書き方の異なった邪靡堆(=邪馬壹=邪馬臺)へ行路が記載されている、ということです。その中で重要なのは「東」という方角です。 『魏志』では、対馬から壱岐へは「南」ですが、『隋書』では「東」です。壱岐が物理的に ...
梁書 原文
『梁書』には倭への行路が記載されています。『魏志』から引っ張ってきているのは明らかなのですが、狗耶韓国や対海国が抜けていたり、正確ではありません。 本紀の第二 武帝には、天監元年 (502) 倭王武に征東大将軍の称号を与えたとありますが、これは雄略天皇の在位 (4 ...







